2017年06月20日(火)
旅立った知人のお通夜に参列しました
仏教の通夜は故人の成仏を祈ることではなく、大夜(たいや)という故人の現世での最後の夜を共に過ごすために集まった親しい人々が、遺体を取り囲み故人の思い出話を語り合うことです
僧侶による読経が行われ、読経の途中から、遺族・親族が順次ご焼香
次に、弔問・会葬者のご焼香が行われ、一通り会葬者の焼香が終わると、僧侶から故人を悼んでの法話・説教があります
関東では、弔問・会葬者には、ご焼香が終わった順に退席し、通夜振る舞いの席へ行くのですが、新潟では会葬者も僧侶からの法話・説教が終わるまで会場にいます
その後、通夜振る舞いの席へ
通夜振る舞いに同席した従弟が知人が高齢で旅立ったので「大往生でしたね」という言葉を口にしました
その言葉を聞いて・・・
「大往生でしたね」この言葉を第三者から言われると、あたかも「長生きしたからよかったじゃないの」と言われているかのように感じるから
不快に思う遺族も少なくないから使わないほうが良いよ
亡き人の旅たちが、大往生であったかどうかを決めるのは遺族だよと・・・
今はただ、仏弟子になられた知人が、一路涅槃に入り、仏性の覚醒を助けてくれることを祈願します
0 件のコメント:
コメントを投稿